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マキシム・ヴェンゲーロフ マスタークラスに向けてインタービュー!!

クラシック音楽ファンの皆さん! ついに彼がやってきました!!

天才ヴァイオリニストとして知られるマキシム・ヴェンゲーロフ氏が、相愛大学の特別公開講座「マキシム・ヴェンゲーロフ マスタークラス」のために来学したのです!

 

当日はこの講座に先立って報道機関のインタビューに答えてくれました。

20150522_vengerov_04.jpg演奏家としては世界最高のヴァイオリニストであることはいうまでもありませんが、次世代を担う若い人たちを育てる指導者・教育者としても素晴らしいヴェンゲーロフ氏の姿勢が十分にわかるインタビューでした。

限られた短い時間でしたが、今回のインタビューの内容を紹介したいと思います。

マスタークラスの模様は後日動画も含めてアップいたしますのでどうぞご期待ください!!

Q1  大阪では初めてのマスタークラスですが、日本の若い人々を教えるということはヴェンゲーロフさんにとってどのような意味を持つのでしょうか。

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はじめに、私は大阪に来れてとてもうれしいです。

私はまだ13歳だった時に初めて大阪に来ましたので、再びここに来ることは大変な喜びです。昨日もまた嬉しいことに世界で最も音響の良いホールの一つであるザ・シンフォニーホールで演奏することができました。フジコ・ヘミングさんや田村響さんと楽しく演奏できる特別な演奏会で、素敵な聴衆のみなさんで満員となった大変素晴らしいイベントでした。

指導ということに関して、教えるというのは音楽を共有したいという私の精神の一部となっており、その中で私は演奏するだけでなく、若者たちと音楽を分かち合っています。



Q2  来月には祖国でチャイコフスキーコンクールがあり、審査員をされると思いますが、若い人たちをジャッジする上で大切なものという観点から、今日は何を教えたいと思っていますか。


昨今のコンクールは残念ながら20年、30年前と比べて重要なものであるとは考えられていません。30年前ならば、チャイコフスキー国際コンクールやクイーン・エリザベス国際音楽コンクール、モントリオール音楽コンクール、あるいは私が来年審査委員長を務めるヴィエニャフスキー国際コンクールのようなメジャーなコンクールで賞を取らなければ、演奏家として身を立てることができない、いわばコンクールは最初のステップだったのです。


もちろん今日では、メディアがコンクールの役目を引き継いでおり、カリスマ性や才能をもった人材を作り出すことが可能で、誰にとっても素晴らしいステップとなっています。しかしそれでもコンクールは大切なのです。なぜならば、コンクールではバロックや古典派、現代音楽のような多くの異なった様式の観点からヴァイオリニストをジャッジすることができます。コンクールは才能、音色、スタミナ等、あらゆる側面から演奏家を見る機会を与えてくれ、40人あるいは50人それぞれの参加者を比較することができます。したがってコンクールは今日においても大変重要であり、また違ったレベルを再構築していくべきなのです。


また、コンクールはここ約10年間誤った解釈をされてきています。私は「音楽旅行」とよく呼んでいるのですが、次から次へとコンクールを渡り歩いて参加するヴァイオリニストが多くいます。一例を挙げますが、しばしば有名なコンクールで一次、二次、三次予選を通過して、最終本選になると演奏を拒否する参加者がいるのです。彼らは深く勉強をしておらず、「あらっ、通過するなんて思っていなかった。」などと思ってしまうのです。おわかりのようにこれは音楽として正しいものではなく、音楽コンクールのレベルを下げています。1930年代、コンクールの偉大な時代に第1回ヴィエニャフスキー国際コンクールが開かれ、1位はジネット・ヌヴー、2位はダヴィッド・オイストラフ、7位はイダ・ヘンデルが受賞しました。チャイコフスキーコンクールにおいても、現在偉大な審査員たちを揃えていますので、優秀で真剣な候補者が演奏しに来てくれることを切に願っています。

現在、私たちは第15回ヴィエニャフスキー国際コンクールの準備をしています。うれしいことに、アジアの候補者に対して、本選に向けての予備選考が桐朋学園で開催されることになました。コンクールに先立つオーディションとして最良なものはライブによるものであると、私の同僚やコンクールの委員たちに伝えることができたことはとてもうれしく思います。時にはDVDやビデオ映像で妥協することも可能ですが、候補者の質がわかる一番の方法はライブの演奏を聴くことなのです。コンクールに先立って約250名の候補者を受け入れる予定で、時間をかけてライブでの演奏を聴こうと思っています。またそれだけでなく、その後30分のプログラムも設け、彼らに面接して話す機会を10分程度もつ予定もしています。

審査員の使命は、候補者の才能や、次の10年および次世代に誰が成功し、誰が音楽界で生き残るかを見越し、予知することであり、それができる資質をもつことが大切になります。コンクールを要約するならば、若い参加者たちによる演奏が視聴される機会、また彼らが演奏家としてのキャリアを始めるプラットホームとして利用する機会となるべきであると思います。

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Q3  日本人の若い人たちの音楽性の特徴について、可能であれば中国や韓国などアジアの人たちとの比較も含めてお話し下さい。


まず、最近20年間、日本における学校のレベルと弦楽器の演奏レベルは大変上がったと言えます。技術レベルだけでなく、音楽レベルにおいても素晴らしいものです。
今日、音程もよく技術的にも完璧な演奏をする人々が多くいます。しかし率直に言ってその演奏は感動を与えません。音楽は情緒的なものであり、また過去の伝統を未来の世代へと引き渡すものでもあります。したがって全ての音は音楽的内容とメッセージをもたなければいけないのですが、これが若い人々には欠けています。

また、昨今ハイテクが目覚ましく発展している時代において、音楽は時としてこれとは全く無関係でなければなりません。なぜならば、音楽というのはハイテクとは全く異なった時相で動いているのです。事実、馬車や馬に乗って出かけていた時代の人々は、手紙を書く前に考え、手紙を送り、そして返事を受け取るのを待っていました。そこには回想する時間、希望する時間、いらだち、悲しみ、喜び、そして何かを予想する時間がありました。
しかし現在はe-メールを送ります。もしも夕方までに返事を受け取らなければ「何があったのだろうか?」と思ってしまいます。すなわち、あらゆるものがずっと、何百倍も速く進んでいるのです。もしこれを音楽に例えて、今日の経験やインターネットの仮想生活を音楽に持ち込んだとしたら、誰が演奏するでしょうか?

今日作曲されている現代音楽は別として、音楽は全く異なった時相で動かなければなりません。ベートーベンやモーツァルト、チャイコフスキー、ブラームスを代表する音楽というのは全く違った姿勢をもっているのです。若い人々はこのことを学ぶことが大切です。私個人の意見になりますが、音楽や音楽家は、人々に振り返る機会を与えるよう努力するべきだと思います。音楽はあらゆる人にとって鏡のようなものであるべきなのです。1時間ないし2時間のコンサートにおいて、演奏家は自分自身の内面、自己と向き合う部分まで入り込むことができるようになることが必要なのです。

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Q4  今日のマスタークラスで若い人たちに一番伝えたいことは何ですか


私はちょうど40歳ですが、私は自分自身のことをもっと若いと思っています。音楽家は常に子どものままであることも必要だと思います。私たちはまず音楽を楽しまなければならないと思っています。今日のマスタークラスで最も大切に思っていることは、私は受講生を一人一人見たいということです。私は誰に対しても、どのようなものも無理に課そうとは決して思いません。私がしなければいけないのは受講生を川の上のボートのように正しく導いてあげることで、これこそ私が切に願っていることです。ヴァイオリンは特別な楽器です。理想的にいえば、ヴァイオリンと弓、そして演奏者が一つにならなければいけません。若い人々は時として大変上手に音楽を作ることができます。したがって技術的な部分で私は彼らの中に秘めているものを開放してあげて、それらが音楽に十分広がるように出来ればと思っています。


 


 


いかがですか?
世界の頂点に立つ演奏家にもかかわらず、こんなにも若い人たちを伸ばしてあげようという情熱をもっているなんて素晴らしいとしか言いようがないですよね!

ヴェンゲーロフ氏の熱い思いに応えて、日本からもどんどん世界に羽ばたく演奏者が育っていってほしいと心から思いました。

音楽を勉強している学生・生徒の皆さん! 頑張ってくださいね!!

 

<広報・情報センター事務室職員>

2015.05.23
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