相愛大学 文化交流学科ブログ

英語で"中身のある"ことを言えるようになろう!

このブログを読んでいる皆さんの中には、"英語がしゃべれるようになりたい"、"英語圏に留学してみたい"、と考えている人も結構いるかと思います。今回は、日本人にとって留学のシチュエーションでこの英語が"しゃべれるようになる"とはどういうことなのか(どういうことが大切なのか)について、アメリカの大学に留学を経験した者の立場から一言、アドバイスをしたいと思います。

 例えば、よく言われるように、アメリカの大学の少人数の授業では遠慮したり恥ずかしがったりして(アメリカ人の学生の中にも実際そのような人がいます)、自分の意見を何も言わないと「あいつは何も考えていないのではないのか?」と思われて低い評価をもらうことがあるというのは事実です。では、留学生の場合はどうなのでしょうか?アメリカ人の学生と対等に張り合って議論に参加しなければ、良い評価をもらえないのでしょうか?

 答えは"No"です。そもそも帰国子女でもない限り、ネイティブ・スピーカーと対等に張り合える訳はありませんし、先生の方も英語を母語としない留学生にそんなことは期待していません。むしろ、授業の中で一回でも"中身のある"ことを言うとそれを評価してくれるのです(その際、完璧な英語である必要はありません)。ここで言う"中身のある"発言というのは、例えば教科書や参考図書を前もってしっかり読んできて、その回の授業のトピックと密接に関わる事柄をしっかりと押さえつつ自分の考えたことを簡潔に述べることを意味します。実はこのことは、アメリカ人の学生にも当てはまり、授業中、我先にと "マシンガン"のように喋りまくる学生よりも、23回ほどしか発言しないものの、本質を突いた意見を言う学生の方が先生からも、また一緒に授業を受けている仲間からも一目置かれていました。

 もちろん、特に英語を母語としない留学生にとっては、1回だけでも英語で中身のある発言をするのはそう簡単なことではありませんが、当学科では、そのような英語力がつくカリキュラムがしっかりと組まれています(ちなみに、中国語やスペイン語も学べます)。つまり、ネイティブ・スピーカーを初めとする語学関連の授業はもちろん、国際経済や文化、また外国事情をしっかりと学べる科目が充実しており、外国人とさまざまなシチュエーションにおける会話で"中身のある"発言をする能力が身につけれられます。教員一同、そのような若者をたくさん育てたいと考えています。

                        (文化交流学科教員)

2012/02/20
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色彩の記憶

ヨーロッパに訪れるとき、しばしば印象的なのは、
芝生のまばゆい青さ(緑)です。
写真は、スウェーデンに学会で訪れたときのものです。
すでに時間は午後6時ごろだったと記憶していますが、
7月の陽はまだ高く、まばゆいばかりの青さ(緑)でした。


03.jpgのサムネール画像


次の写真は、研修で訪れたときのロンドンの芝生です。
実はバスの中から撮ったのですが、
幻想的な風景が幸運にも写っていました。


02.jpg


同じ芝生でも、微妙な気候の差で日本とは異なって見えるのでしょうか。
海外を旅したときに体験したこうした色彩も、
繰り返し思い起こすことのできる楽しい思い出になります。

                                                                                         藤谷忠昭(教員)

2012/01/27
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クリスマスとボクシング・デイ

 今年もクリスマスが近づいてきました。今日、私たち日本人の暮らしの中には世界中の様々な文化が入り込んでいます。クリスマスもまた、今や日本の文化の一部となっているように思われます。しかし、その本来の意味やそれと関わるボクシング・デイというイギリスの伝統習慣を、皆さんご存じですか?

 

 

クリスマスツリー(ishikawa)_R.jpg 日本のクリスマスには宗教色はほとんどありませんが、本来クリスマスはイエス・キリストの降誕を祝う日です。(古くさかのぼると異教徒の祝祭からきているようですが。)ChristmasChristはキリスト、masはキリスト教の重要な儀式を意味します。クリスマスツリーの上に飾られる大きな星は、東方の三博士にキリストの誕生を知らせ、彼らをベツレヘムへ導いた「ベツレヘムの星」 "Star of Bethlehem"(または "Christmas Star")を表しています。クリスマスツリーは旧約聖書に語られる「知恵の木」を表し、サンタクロースはたくさんの奇跡をおこなったとされるキリスト教の聖人、聖ニコライをモデルとした伝説上の人物です。

 

  クリスマスと結びついたイギリスの伝統として、ボクシング・デイ(Boxing Day)というものがあります。ボクシング・デイとは、クリスマスの翌日の1226日(26日が日曜の場合は27日)をさし、イギリス、カナダ、オーストラリアなどでは法定休日となっています。この日は、もともと貧しい人への施しとして教会に届けられたクリスマス・ボックスを開ける日でしたが、やがて使用人や郵便配達人、掃除夫などにささやかなプレゼントや心付けを贈るようになりました。日本にも、お世話になった人や上司に「お歳暮」を贈るという習慣がありますが、このボクシング・デイの習慣は、友人でも家族でも上司でもなく、自分達のために働いてくれる人達に贈り物をするというところが素晴らしいと思います。

 

 

 19世紀の英国作家チャールズ・ディケンズの作品に『クリスマス・キャロル』という作品があります。映画やミュージカルなどにもなった有名な作品です。金の亡者と成り果てたスクルージという男が、友人の幽霊とクリスマスの精霊の導きで慈悲の心に目覚めるという一種のファンタジーですが、その中にイギリスの伝統的なクリスマスの様子が生き生きと描き出されています。この季節、是非一度読んでみてはいかがですか?

 

                                

石川玲子

 

2011/12/21
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A three-week English study program (N.I.C.E.) at the University of Hawaii

 

     This past summer I had the opportunity to accompany Soai University students to Honolulu, where they participated in a three-week English study program (N.I.C.E.) at the University of Hawaii at Manoa.  The students stayed at a dormitory not far from the university and attended English classes every weekday morning until lunch time. In the afternoons they could participate in informal language exchange with UH students or attend various extra activities Mr.Kouno Terry Ken V2[1]_R.jpgsuch as hula dancing lessons, a concert of Hawaiian music at the Honolulu Zoo, and hiking on the famous Diamond Head on the east end of Honolulu. On weekends they had free time to explore the city and the island, or just go to the beach!

 

 

   DSCN0574_R.JPG

      My favorite experience during my week with the students was when  I took them on a Saturday walking tour of downtown Honolulu. We started in Chinatown, where we of course had lunch. Then we walked through the old merchant district, where some of the buildings date back to the 1860's-1880's. Because we were on foot, we could enjoy the details of the  classic 19th century architecture. We soon reached the waterfront and the Aloha Tower. This is where the big cruise ships used to come in, bringing tourists from the mainland USA and other places in the days before commercial airline travel took over. (In fact my own grandfather, Capt. James Rasmussen, had an office near the Tower when he worked in Honolulu Port from around 1920 until 1938. My mother was born and raised in Honolulu, so it is always a pleasure for me to visit.)  After a cold glass of fresh pineapple and coconut juice, we walked on to Iolani Palace, the elegant European style home of Hawaii's Kings and Queens from the 1880's until the last monarch, Queen Lili'uokalani, was deposed in 1891.

       Mr. Kouno3.jpgOur students had a great stay in Hawaii, making new friends, improving their English, learning about local culture and gaining new confidence in themselves. When time came to return to Japan, they felt their time there had not been enough.

MR.kouno.jpg

 

 

      Kaigaikenshu programs are open to all students of Soai University and we expect to offer a similar program next year if there is interest from students.

  

                                                         

                                           

                                              Aloha,

                                                                    Teresa Bruner Cox

2011/10/17
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「文化の伝わる道」

皆さん こんにちは。中村圭爾です。

 

私たち文化交流学科の学びの中心は、世界各地域の文化そのものを知ること、そしてそのような多様な文化を比較することにあります。そのことによって、日本とは異なる世界の諸地域の文化についての理解を深めることを目指しています。

ところで世界各地域の文化は、その地域で自然に生まれ、発展するだけではありません。文化はさまざまな形で、他の地域に伝わっていきます。文化を伝えるのは人間です。人間が動くことによって、文化は生まれ故郷から、あちらこちらへと伝わっていくのです。その伝わる道の途中で出会う人間たちによって、伝わってきた文化は、時には姿を変え、いろいろな場所に新しく根付いていきます。

私が専門にしている中国では、はるか昔に、西アジアやインドから異国趣味の文化が伝わり、多くの人々がその文化を受け入れて、国際色豊かな文化が花開いた時期があります。その文化は絹の道(シルクロード)をよばれる道を通って伝わりました。そして、その文化は、つぎには海を渡って日本にも伝わってきたのでした。

次回のミニ講義は、そのような文化の伝わる道のことを、分かりやすくお話することにしています。

 

そのお話とは少し違いますが、文化の中で、宗教はたいへん重要な要素です。インドから中国や日本に伝わった宗教に仏教があることは、皆さんよくご存じでしょう。仏教が伝わった道には、岩山の崖に掘られた寺院の遺跡が多く残っています。この夏に訪れたのは、その一つで、中国西部にある麦積山という遺跡です。当時の仏教の力をこの目で見ることができました。

 

麦積山_R.jpg

2011/09/20
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見方を変えることの大切さ

文化交流学科の木下有子(ありこ)です。私は言語学ということばに関する研究をしていますが、ことばというのは文化の中心的存在ですので、ことば同様、文化にも非常に深い関心があり、最近は主に、「ことばと文化」をテーマに研究を続けています。授業でも、学生さんと一緒に、ことばについて考え、世界の文化を学び、時に驚いたり感心したりしながら、それぞれ自分の文化について再発見また再確認――これは新鮮であると同時に、もしかするとカルチャー・ショック?――を繰り返しています。

私たちが生きる今の時代は、今回の東日本大震災やニュージーランドでの地震でも明らかなように、世界中の人々が相互に助け合っていかなければ成り立たないことが多い時代です。しかし一方で、ノルウェーでの連続テロで吐露されたように、平和と言われる国においてさえ、異文化の人々が共に生きていくことは難しいのです。でも、難しいからといって、異文化の人との交流を避けていてよいでしょうか。    
何年も前のことですが、数ヶ月過ごしたアメリカのある大学の学生寮で、こういうことがありました。いろいろな国出身の学生がお互いの行動などが理解できずに衝突しました。その時、それぞれが自分の文化について説明し、それによって相互に理解し合い、最終的に彼女たちはすごく仲良くなりました。

blog用.jpg


これが大切な態度だと思います。異文化の人とぶつかる経験を身をもってし、それをきっかけに考えて得られるものは大切なものです。皆さんにも機会があれば怖がらずにどんどん外に出て、人と交わり、ぶつかり、考えてほしいと思います。そして、一緒にあるべき「文化交流」の姿を考えていきませんか。私としては、世界中の人々の幸せのために「文化交流」はあるべきだとも考えますが、いかがでしょう。                         
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2011/09/08
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「文化交流」を肌で感じるということ

文化交流学科の嘉戸 一将(かど かずまさ)と申します。日本近代の思想史(とくに法や政治に関する分野)を研究しています。授業は、「文化交流論」や「比較文化論」、「近代日本と西洋文明」、「東洋思想と西洋思想」などを担当しています。

日本近代が専門だというと、日本の歴史だけを研究しているように思われがちですが、そもそも近代という時代は、500年以上かけて展開されてきた西洋文明の世界化という現象(近年のグローバル化と呼ばれる事態も、そのひとつの事例にすぎません)のうえに成り立っており、この現象を基盤にしてさまざまな文化が接触し、ときに衝突しながらも交流してきた時代です。もちろん、日本近代も例外ではありません。

私の場合は、思想史が専門ですので、西洋の思想が日本に取り入れられ、どのように変化したのかなどといったことを、それぞれの比較を通じて研究しています。そのためには、今、西洋では彼らの歴史がどう捉えられているのか把握しておくことも欠かせません。昨年の10月から今年の3月までは、フランスのナントという街で研究してきました(写真の右後ろに見えるカラフルな建物は、私が滞在した研究所です)。

 

  CIMG0720.JPG研究所には、ヨーロッパはもちろん、アメリカ、アフリカ、アジアなど世界中の研究者が滞在しており、毎日が文字通りの「文化交流」でした。それは、「文化交流」が単に互いの文化を知ることではなく、互いの文化に触れることを通じて、互いのあり方が揺すぶられることだと実感する経験でした。

「文化交流」とは何か、どうあるべきか、皆さんと是非一緒に考えたいと思います。      

2011/09/01
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